彼は、中学生になって陸上部に入りました。マラソン好きのお父さんの影響もあったと思います。問題が起こったのは、入部してまもなくの頃でした。彼は先輩から殴られ、頭にケガをしました。ご両親は怒り、校長に抗議文を出すといいます。その前に、筆者に文章の手直しをして欲しいとのことでした。

初めて会ったのは、彼が四歳のときでした。

幼稚園で他の子と遊べず、ひとり字を書いていること、先生の指示に従わずよく泣くことが主な訴えでした。話をしながら、目がなかなか合いません。蛍光灯が気になり、ちらちらと上を見上げます。そしてある電気メーカーの名前を言いました。蛍光灯のメーカー名でした。ためしに部屋の中にあるカセットやテープ、テレビなど電気製品のメーカー名を聞くと、チラリと見て正確に言い当てます。人の名前は覚えないのに、電気メーカーはいっぱい知っているとお母さんは苦笑していました。当時の診断名は「自閉症」です。

抗議文には、陸上部の先輩に殴られたのは、彼がしつこく「○○ちゃん」と先輩を呼んだことが原因と書かれていました。お父さんには、抗議文よりもなぜ殴られたかを理解させないと、同じことが起こると話しました。

そこでご両親の前で、「君をこれから『ネコ』と呼びます。いいですか?」と聞きました。彼は「いやだ」と答え、名前で呼ぶことを求めました。「どう呼ばれたいかは、相手が決めることです。先輩は、○○ちゃんと呼ばれるのはイヤです。○○さんがいいのです。君はネコがいいですか?」と話しました。

この問答を何回か繰り返しました。彼は了解し、「○○さんと呼ぶ」と約束しました。彼は、仲がよい相手は「〜ちゃん」と呼ぶとの知識を得て、それを忠実に守ったのでしょう。問題は、相手の気持ちに配慮がないことです。

知的な問題はないものの、人の気持ちがわかりにくい子や青年がいます。「アスペルガー症候群」と呼ばれ、自閉症の要素を部分的に持ちます。二百人にひとりともいわれ、まわりとトラブルを起こしがちです。教える際には工夫が必要ですが、相手の気持ちに気づかせることが対応の基本となります。

<担 当>湯汲英史
1953年生 早稲田大学 第一文学部 心理学専攻卒
(社)発達協会 常務理事 心理・言語担当 言語聴覚士 精神保健福祉士 早稲田大学客員教授